歩き、探し、選び抜いた「美味しい」を、全国の食卓へ。

なぜ、老舗文房具店が「食」の商店を開くことになったのか。

そこには、激動の時代を生き抜き、生涯をかけて見出した
ひとつの「日常を豊かにする答え」がありました。

創業者・塚本幸英が歩んだ、伝統の信頼と美味への軌跡をご紹介します。

第一章 創業の地・大牟田と「価値を見極める眼」

昭和初期、福岡県大牟田市。文房具店を営む家の三代目として、塚本幸英は生まれました。

商いの家に育ったからでしょうか。幼いころから数字に強く、近所の子どもたちと買い物に行けば、「これがいくらで、あとどれだけ買えるか」を誰よりも早く計算していました。いつの間にか、周囲からは「歩くそろばん」と呼ばれるようになっていました。

もうひとつ、自然と身についていた力があります。それは「物の価値を見極めること」でした。父が店頭に立つ文房具店で、近所の人たちの表情や会話をよく観察し、「今、何を求めているのか」「いくらなら、気持ちよく手に取ってもらえるのか」を考えていました。肌で感じ取ったことを父に伝えると、それが不思議なほど売れていくのです。売れた日の夕方、父がいつも満面の笑顔で頭をくしゃっと撫でてくれたその温もりと誇らしさは、今でも忘れられません。

昭和の大牟田の街並みイメージ
創業の原点:活気に溢れた福岡県大牟田市

第二章 未知の味を求めた旅と、可能性への挑戦

成長するにつれ、「自分は、この文房具店を継ぐのだろうか」というひとつの問いが胸に芽生えます。決して裕福とは言えない環境だったからこそ、世の中の無数にある可能性を広げるために必要なのは知識と学歴だと信じ、勉学に打ち込みました。塾に通う余裕はなく、夜遅くに電気をつけるのもはばかられる中、弟たちが眠る横でろうそくの灯りを頼りに机に向かいました。幸い文房具だけは困らなかったため、鉛筆を何本も削り、ひたすら文字を書き続けました。その努力は報われ、九州でも名の知れた国立大学への進学を果たします。

大学進学後、「まずは学生生活を楽しもう」と決めた幸英が、アルバイトで得たお金を一番使ったのは「食」でした。全国を巡る食べ歩きの旅が始まり、未知の味を求めて歩き回りました。卒業後は挑戦のために東京へと赴き、高度経済成長の熱気の中で仕事に打ち込み、家庭を持ちました。家族旅行と称しては各地の美味しいものを食べ歩き、子どもたちは元気に育っていきました。

日本全国の味を巡る旅(イメージ)
東京から日本各地の未知なる「美味しい」を追い求めた
「食を通してほんの少し彩りを加えられたなら、
日常は確かに豊かになる」

第三章 再びの旅、そして「塚本幸英商店」の誕生

やがて定年が近づいた頃、久しぶりに帰った故郷の地はどこか物悲しく映りました。自分はこの場所に何を残せただろうと立ち尽くしたとき、思い出されたのは子どもの頃の自分でした。計算が好きだったこと、物の価値を考えるのが楽しかったこと、食べることに心から喜びを感じてきたことです。

自宅に戻り、妻に「もう一度、二人で旅をしないか。美味しいものを探しに」と話し、夫婦で日本各地を巡る丁寧な味の旅が再び始まりました。世の中には、まだ知られていない美味しいものが驚くほどたくさんある。それは学びであり、喜びでした。「この感動を、自分だけのものにしておくのは、もったいない」――これまでの人生で培ってきた知識と経験、そして自分の舌で「本当にいい」と感じたものだけを届けたいという想い。塚本幸英商店は創業者・幸英の理念のもとで生まれました。

大牟田の現在の風景・空撮(イメージ)
豊かな伝統を今に伝える現在の大牟田の空

塚本幸英商店の理念

普通は、人それぞれ違う。暮らしも、土地も、人生も違う。けれど、食を通してほんの少し彩りを加えられたなら、日常は確かに豊かになる。

私たちは、これまで培ってきた知識と経験、そして店主自らの舌で「本当によい」と感じた価値ある商品だけを厳選し、全国の食卓へお届けいたします。

確かな信頼と長い伝統に基づいた「本物の美味」をどうぞお楽しみください。